理性:では、煩悩を完全になくすることが悟りなのですね。
本能:いえ、決してそうではありません。これが良く誤解されるところ
なのです。
煩悩は誰にでもあることなのです。本能に発したことだからです。
より良く生きる為には本能も含めて、煩悩とは何かを良く知ること
です。
理性が本能を活かすものであるように、本能の機能やその限界を
知って、理性でそれを補完することがより良く生きることに繋がる
のです。
悟りというのは、煩悩を煩悩として知り尽くすということでもあ
るのです。「愚を愚と知るを、賢というなり」という仏教者の言葉
があります。
また「煩悩即菩提」という言葉があります。これは相対を離れる
ことを意味するものです。煩悩に対するものが菩提(悟り)です。
どちらも別のものではないと知ること、を教えているのです。
これまで述べてきた本能と理性も、まったくこれと同じことです。
煩悩が花開いたものが菩提であり、本能を土台にして築き上げられ
たものが理性なのです。ですから、煩悩も本能も無くしてしまえば、
菩提も理性も成り立たなくなってしまいます。
要するに、反する一方に固執し、一方を無視することは悟りどこ
ろか、より迷いの世界に入ってしまうということです。
「依ってくるところの真実」を明らかに見ることが、即ち「菩提
(悟り)」だということになります。依ってくるところの真実とは、
すべてが相依って成り立つという世界のあり方、それが「縁起」の
法であり、「空」の真理であるということになります。
われわれのこの相対(反する二辺)する世界にあって、相対を離
れるという実践、つまり好悪の念に捉われず、何ものにも執着しな
い生き方が悟りへの道となるのです。
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